いつまでも、ぐじぐじと引っ張るのは好きじゃないんですが。

ナビを失ってから
思い出すのは、つらかったことの方が多いんです。
楽しかった時期をたくさん思い出してあげたいと思うし
ナビと暮らして、犬と生活することの楽しさを教えてもらったからこそ
今のニコルとの生活の「基礎」が出来たんだと思うのですが。

でも、すぐに思い出すのは一番つらかった時期なんですよねー。

完治する確率の低い病気になり
それでも奇跡を信じて一緒に頑張って頑張って頑張って
その挙句に 転移・再発をして
「残念だけど これ以上の治療は出来ません」
そう病院で言われた時の絶望感。

 

あーーーーー、どんなに強く願っても叶わないことってあるんだな。
・・・って思いました。

 

あとね。やっぱり経験と想像は違うな と思ったことも。

ナビのお友達の中でも、ナビより早い時期に
虹の橋へ旅立った子もいました。
ナビを送るより先に、そういう場面に何度かあって
お悔やみの言葉を伝えるときに
もしも自分がその立場だったら もしもナビだったら
・・・と考えながら思いを伝えました。

自分がナビにどっぷり浸かっているのは、重々理解していたので
シニア期に入ってから、重度のペットロスにならないように
ぼんやりとある程度の覚悟はしていたつもりでした。

でも、心の底ではずっと
「ナビがいないなんて考えられない!」 そう思っていて。

 

どれだけ相手の立場になって気遣ったとしても
自分がその立場に置かれると、全然 重さが違いました。

あ・・・これはナビや私に対しての お悔やみの言葉が
軽かったとかそういう意味では無くて。
もちろん闘病中の応援の言葉も、お悔やみの言葉も
すべて暖かくありがたく思っています^^

ただ単純に、私が心構えとして覚悟していたよりも
私の場合は、ずっとずっと立ち直れないでいる
思ったより深いんだなぁー。という感想なだけで。
私が思っていた 「相手の立場に立ったつもり」 よりも
そんなものじゃ足りないんだなぁー。と。(私の想像が浅かった)

 

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つらかった時期のことよりも
楽しかった期間の方が何倍も長かったのだから
たくさんの「楽しかった思い出」を思い出して次へ進んでほしい。

それもわかります。
わかっていても、やっぱりぐるぐる繰り返すのです。
それだけ、ナビに依存していたって証なんでしょうね。
重かっただろうなぁー。私の愛情(笑